ハリール・ジブラーン 『火の文字』 ~ ジョン・キーツへの返歌

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ハリール・ジブラーン(Wikipedia より)



火の文字
 
ハリール・ジブラーン   神谷美恵子  (角川文庫)    

             「ここに眠るはその名を水で記されたる者なり」  ジョン・キーツ

それならば夜々はわれらの傍らを素通りし、
運命はわれらを踏みにじるにすぎないのか。
われらは年月にのみこまれ、すべて忘れ去られ、
インクでなく水で記された名のみ頁に残るのか。
この生命はかき消され、この愛は消えうせ、
これらの希望(のぞみ)はうすれ行くというのか。

われらが建てたるものを死がうちこわし、
われらのことばも風で吹き散らし、
われらの営為(いとなみ)も闇がかくしてしまうのか。

では人生とはこうしたものなのか。
跡をとどめぬ過去、
過去を追う現在?
あるいは現在と過去を除いては意味なき未来?

われらの心にあるすべてのよろこびと
われらの精神を悲しませるものすべての結実(み)は
われらの知る前に姿を消してしまうのか。

人間とは大海(おおうみ)によどむうたかた。
一瞬水の面に浮かび
過ぎゆくそよ風にとらえられてしまうものか。
― そしてはや存在せぬものとなるのか。

否、まことに、人生の真実は人生そのもの。
生命の誕生は母胎に始まらず
その終りも死にあるのではない。
年々歳々、すべて永遠の中の一瞬ではないか。

この世の生とその中のあらゆるものは
われらが死とよび、恐怖と名づける覚醒(めざめ)の
かたわらでの夢にすぎないのだ。
夢、そう。でもそこでわれらが見るもの
為すものは、すべて神とともにつづいて行く。
われらの心から生まれる微笑みと嘆息(ためいき)とを
大気はことごとくたずさえ行き、
愛の泉から湧き出るくちづけのすべてを
たくわえつづけるのだ。

かの世においてわれらは
自分の心の鼓動を見るだろう。
神のようなわれらの立場の意味を知るだろう。
今は絶望がわれらの後につきまとうので
そのことをありえぬものと考えているにすぎない。

今日われらに弱点とみえるあやまちも
明日には人生の一環と見えるだろう。
報いなきわれらの苦悩や労役も
われらとともにあってわれらの栄光を語るだろう。
われらの耐え忍ぶ艱難(かんなん)も
われらの栄誉の冠となるだろう。

かの愛(めぐ)しき詩人キーツの歌は
人びとの心に美への愛を植えつづけている。
彼がそれを知っていたならば、言ったことだろう。

「私の墓の上に書け。ここに眠るは天の面に火の文字でその名
を記したる者なり」


と。


― 「涙と微笑」より



※これも重訳で、四行ほど省略したものです。友人にあてた手紙によると、この本にあるかきものはみな、20歳ごろ書かれたとのことです。英語への訳の出版は1950年、つまり彼の没後19年になります。ごらんの通り冒頭に英詩人キーツ(1795‐1821)の墓碑銘として刻まれている文句をかかげています。このことばは、25歳で逝った天才詩人キーツが自ら選んだものであることを、英文学者藤井治彦氏から教えて頂きました。

 ジブラーンはキーツの墓碑銘に対して、ここで反駁(はんばく)しています。各々の人間の、この世での営みは決して無意味ではない。少なくとも、あとからくる人たちの生を励まし、ゆたかにしているではないか。美の詩人キーツの業績が、何よりもよくそれを証明しているではないか、と言っています。しかし、この人生肯定の背後にある宗教的なものを、見のがしてはならないでしょう。それでなければ、これは単なる浅い人間中心主義に陥ってしまいます。人間存在の意義のすべてを否定してしまわないためには、どれほど強く深い基盤が必要なのかを、あらためて思います。(神谷美恵子 解説より)

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by silverfountain | 2011-07-29 13:41 | 精神・心への栄養
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