宮城にボランティアに行ってきた友人のレポートより

「宮城ボランティアに行ってきました。一週間。

石巻、女川、牡鹿半島、南三陸、気仙沼・・
津波の被害が大きかったところで、家の中の泥だしや炊き出しや物資の配布を手伝いました。

宮城は、ほんとに自然の素晴らしいところでした。
朝、霧のたちこめる向こうの山から日がのぼり、
夕方、沈むまでの海の色の美しさや、波の音。
追いかけるようにして上る月の輝きと静けさ。

そして、一面に広がる・・・・被害の爪跡。
荒涼とした町のアト。根こそぎひっくり返ったビルの上にぶら下がる乗用車。
たくさんたくさん涙が出た。
美しいからか。悲しいからか。希望を感じたからか、ショックをうけたからか。
人の小ささを感じたからか、自然の大きな力を感じたからか。
それでも前に進んでいく人々を見たからか、
あるいは、これらの全ての背後に確かにある、何か大きな存在を感じたからか。
感情とは別のところで、涙があふれてとまらなかった。

4月の頃は、みんな絶望的な表情だったんですって。そうですよね。
でも今回は仮設住宅の人たちからも、笑い声がはじけてて(主におばさんたち♪)
現地でサポートしてる人たちは、笑顔を見れてほっとしてるみたいでした。
人によっても、前向きに人生に取り組める方向にいる人と現実の問題がクリアになって、ますます絶望的になりつつある人と違いが大きく見え始めてきた時期みたいです。



今回は叔母の教会を通して参加しました。
私のチームは7名で、南アフリカから3人。マレーシアから1人のインターナショナルチーム。(彼らは2週間の滞在)コミュニケーションは英語でエマソン(カレッジ)のハウスチームを思い出しました。
(※ハウスチーム=カレッジ内の寮、教室、トイレ、ホールなどの掃除、台所、食事の準備などを学生たちがチームを組んで行なう。宿泊・食事を提供され、お金がない学生などは助かる。)

マレーシアの彼女は4月以来、これが2度目の参加。
そのときに会った宮城の人たちが彼女を覚えていて、ほんと嬉しそうでした。
南アフリカの3人は、ニュースを聞いていてもたってもいられなくて、
36時間かけて飛んできたみたい・・。
機動力のあるタフガイ(?)たちで、力仕事で大活躍。
それに心の暖かい人、めちゃくちゃ面白い人たちだったので、みんなに笑いをふりまいていました。

・・言葉通じないのにね。

伝わってた。やっぱり言葉はたましいからくるんだな。
その他にも、アメリカの有名な「サマリタンパース」という支援団体も入ってました。
災害があると世界中に行き、長期滞在型で活動してるそうです。
ここもインターナショナルなクリスチャングループで、実績と経験が豊富でなんとも頼もしい存在でした。

大工さんが入るまでの、家の床をはずしたり、壁を崩したり、泥を床下から取り出し洗浄するまでの仕事をボランティアで受け持っていました。
これもお金を払うと、大変な額になるそうで、住民の人たちは大助かりだそうです。
日本人じゃない・・というのも後くさりがなくて、頼みやすいそうでした。
「外国の若いもんがやってくれてる・・」って、悪い気はしないみたいでした。
冬が来て、雪が降る前にこの作業を終わらせたいお家が多くて、大忙しのようでした。

クリスチャンの人たちの働き方に、今回、私はインスピレーションをもらいました。
多国籍混合、インターナショナルチームというところもよかったのかもしれないな。

それは、無私の働き。

違う見方や解釈はいくらでもできるし、1週間で1つの側面しか見えてない部分もあると思う。
でも、今回わたしが体験したのは、朝、夕。そして仕事の前、そして仕事の終わりに、みんなで祈る姿だったのです。(これもちょっとハウスチームっぽいでしょ♪)

今日の働きで神様のしたいと思っていることが、グループのひとりひとりを通してなされるように。必要な人に必要なものがとどけられるように自分達を使ってください。
ということと、終わりに、どうか自分達の小さな働きが、神様の思いに沿ったものであったことを祈り、ここにいること出会いに感謝し祝福を願うこと。

現代人には難しいけど、宗教を持っていたり、あるいは神さまにつながってるという経験を個人的にもっていると、無私の働きができやすくなるのかもね。
全てを最愛の神にささげることができるのだから。

そして・・その動機で集ったグループは、とっても働きやすかった。
自己実現のために来ていない。
自分以外の、何か他のことのためにここにいる。被災地の人の為に、神のために自分は来たという明確な意識を持っている人たちのグループはほんとにほんとに働きやすかった。

南アフリカから来てた一人が、

「自分が年をとって人生を振り返るとき、日本のこと思い出すと思う。
そして、宮城であった人たち、一緒に働いた人たちのことを絶対に忘れないと思う」

って言っていて。ほんとだなって思った。

もう一生会うことはないかもしれないけれど、
この今の日本を。人類の歴史という広い視点から見ても crucial moment の、このときを一緒に体験した、共有したというのはとっても大きい意味があるとその時思った。
その観点からいえば、日本にいるみんな、そうなんだと思う。

南アフリカに新しい兄弟ができて、嬉しかった♪
誰か私をいじめる人がいたら、南アフリカから飛んできてくれるんだって。
 
たっのもしー!!

M.D. 」






M.D. さんとは、12~3年前に、イギリスのエマソン・カレッジで一緒にハウスチームで1998年の夏まるまる2ヶ月働きました。
当時彼女は、スピーチ(言語造形)・スクールで学んでいました。
ついこの間も、北海道で2時間あまりの『パルジファル』を、シュタイナーを知らない一般の方も多い中で語ってきたそうです。大人もとても聴き入ってくれて、私がいつも言っているごとく、彼女も「大人もすごく物語りを欲しているのだと思う」と言っていました ♪



ものがたり = 魂のミルク、心の栄養。
現代人に不足している栄養。

                                                              ひさの
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by silverfountain | 2011-09-22 07:43 | 再生・サステイナビリティ
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