カテゴリ:精神・心への栄養( 63 )

ジェラルディン・ルミ の叡智を毎月の訓えに☆

* August *

Be grateful
for who ever
comes,
because
each has
been sent
as a guide
from beyond.
                  Jelaluddin Rumi

感謝せよ
やってくる
如何なる者にも

なぜなら
その誰もが
あなたを導くために
彼方から
遣わされたのだから
                  ジェラルディン・ルミ       
                  (拙訳)



****************

【The enlightened rumi】

The poetry of Rumi, written nearly 700 years ago, opens the mystery of the world, the mystery and sacredness of our lives.

Jelaluddin Rumi was born in Balkh, Afghanistan, then part of the Persian Empire, in 1207. Fleeing the threat of invading mongol armies, his
family emigrated to Konya, Turkey, a city where Muslin, Christian, Hindu and Buddhist travelers mingled. There, Rumi met a wandering dervish
named Shams of Tabriz, who became his teacher and spiritual
companion. Their meeting altered the course of Rumi's life, and thus our lives today. Rumi's passionate, playful poems celebrate the sacredness of everyday life and illuminate its deepest mysteries. 

(英語翻訳は Coleman Barks )


後ほど、日本語に訳します。。。



・・・・・・・・・・・

別方向からですが、シュタイナーの毎月の修行の言葉も見つけました。

・・・・・・・・・・・

●シュタイナーは、修行者が心掛けるべき態度を、月にひとつ、月替わりで一年間で一巡出来る、次の様なものをつくった。(修行の道標、励みとして活用して下い。)

3月21日~4月20日 「畏敬」
4月21日~5月20日 「均衡」
5月21日~6月20日 「根気」
6月21日~7月20日 「無私」
7月21日~8月20日 「同情」
8月21日~9月20日 「礼儀」
9月21日~10月20日 「満足」
10月21日~11月20日 「忍耐」
11月21日~12月20日 「思考の統制」
12月21日~1月20日 「勇気」
1月21日~2月20日 「慎重」
2月21日~3月20日 「寛大」




●これはこちらに載っていました ↓
http://www.geocities.jp/momoforall/Takarajima/booknote3/spacehistoryjyobun6.html








*******

私が幼児のそばで仕事をするものとして、心がけていることは・・・・・

カロリーネ・フォン・ハイデブラント女史の、『子どもの体と心の成長』という本の裏表紙に書いてある文章の「まさにその通り!」と膝を打った本質です。

私は、シュタイナー幼児教育を15年以上(自己教育として)ぽつぽつと学んでいますが、そこで得た感覚で言うと、

幼児期には聖職者。児童期には詩人。青年期には科学者。

の態度が子どもの前に立つ大人に、求められるような印象を掴んでいます。 (それが正しいかどうかは別として・・・) ただ漫然と子どもと対峙するのではなく、それぞれの成長段階に則した子どもへのまなざし、私たちのあり方も重要になってくるのだと思います。


ハイデブラント女史の言葉はこうです:d0231842_7263512.jpg

   「教育者が
    自然への愛をとおし
    自然への沈潜をとおし
    芸術的な直観をとおして
    自分のなかの詩人に命を与えることによって
    正しいしかたで子どもに
    周囲の世界を意識させることができる」




●この文を引用してらっしゃる方が他にもいました ↓
http://skyalley.exblog.jp/11433985
幼児に字を教えないという部分の理解や象形文字のことにも触れて、興味深いです。





2011年8月29日
山本ひさの
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by silverfountain | 2011-08-29 07:34 | 精神・心への栄養

ぎんのいずみコーラス部の曲目ラインナップ ♪

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♪ Kookaburra (わらいかわせみ) (英語―オーストラリアの歌)



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♪ Ding Dong Bell (英語)
http://www.youtube.com/watch?v=w6Jl3johSws
http://www.youtube.com/watch?v=AGa1d4shZrM
同スペイン語バージョン?
http://www.youtube.com/watch?v=Tp7Gm53nXvc&feature=related

♪ Dona Nobis Pacem (ラテン語)
http://www.youtube.com/watch?v=9ebz1PAaMSA
http://www.youtube.com/watch?v=tbAGcsDLEAQ&feature=related

Welcome Ev'ry Guest (英語)
http://www.youtube.com/watch?v=iszlX6gRUvA
http://www.youtube.com/watch?v=_K3n3Cf3FSw



どれも、私がイギリスにいた頃憶えた曲や、アメリカや日本のワークショップ、イギリス版シュタイナー学校の歌の本などからのものです。(ロシア語コーラスからのものも一曲)

ここに挙げたもの以外では、

♪ へいわの鐘 (ドイツ語&日本語)
♪ 紡ぎ女 (ロシア語&日本語)
♪ Ferryman Carry Me  (英語)
♪ 荒城の月 (日本語)



これも候補曲でしたが、今回はやりません。

♪ Shalom Chaverim(ヘブライ語?)
へたくそだけど、小学生がかわいい(英語圏)
これは大人。すごい人数
歌手の UA も 日本語つきで歌っています。
UA(ううあ) シャローム イスラエル民謡


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これは多分、相模原に住んでいた頃の記事だと思いますが、
3.11 以降、多分、九州に移り住んだと思います。
http://www.ustream.tv/recorded/13900262
↑ を以前にも載せましたが、この動画(『ミツバチの羽音と地球の回転』の鎌仲監督のトーク、UA は阿蘇からビデオで参加。その部分は約1:00時間くらいのところからです)。この中で、3人目の子どもをお腹に抱え、熊本への移住を宣言しています。彼女の曲 ♪ 水色/♪ Moor も歌っています。

***

また、先日書いたブルガリアのグループのCDからも3曲、とても美しい曲があります。
『ここからもマスターしたい!』という、コーラス部長の野望はありますが、今度の10月15日の発表会には間に合いませんので、来年の課題にしたいと思います。

まだまだ、ユーゴスラビアの ♪ Ederlezi (アコーディオンの伴奏が素敵☆)などもとても好きなのですが、妄想ばかり広がるので、今年の楽曲に専念することにします(笑)。

今日もこれから、コーラス部の練習です。残すところあと3回!
どうなるのでしょう?(ハハっ…)
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by silverfountain | 2011-08-27 07:42 | 精神・心への栄養

シュタイナー教育 と 魂のミルクとしての" 物語 "

今年の前半、練馬に『民話の研究会』(松谷みよ子さんなども所属)というのがあって、そこに参加したときに頼まれて寄稿した文章ですが、ほぼそのまま載せます。


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【私 の 考 え る 昔 話】 ― 物語の力
                                       山本ひさの 


10年くらい前、わらべうたのことを調べていて、山形だったか、秋田だったか、

♪ あ~られ 五ん合、 ぼたん雪 一升、 空の婆ばたち 綿摘んで 落とせー ♪

というのをみつけました。

グリム童話 『 ホレおばさん 』 の中に出てくる、

「ホレおばさんが羽根ふとんを叩いたときの羽根が飛び散って下界の雪になる」

というイメージとそっくりだと思いました。

ドイツでは雪が降ると

「あ、またホレおばさんが羽根布団を叩いてる」

と言うそうです。



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農漁村の貧困生活の中から生まれた暗いイメージが多い日本のわらべうたや民話ですが、このわらべうたはとても気に入りました。


日本のわらべうたとイギリスのナーサリーライム(マザーグースなど)、そしてグリムなどの昔話と日本の昔話。そこに共通する普遍性や、人生=生きることのArchetype(原型)というのが人間の自我の芯のようなものになると考えています。Archetype はときやところが変っても必ず人間としての属性となる何らかの真実というか、<人の根っこ>のような気もします。

私は、民話や昔話とは、このような<人の根っこ>のもととなる人間の暮らし方、人生に必ずやってくる喜怒哀楽、幸、不幸。それに立ち向かい乗り越える人間の姿勢、叡智を、物語の中に織りこみ、散りばめながら、次世代に伝えようとしているのだと思います。


私は、小さな子ども園を運営しておりますが、子どもたちには、日々この思いで語りをしています。また、その親御さんにもなるべく子どもたちに徳のあるお話を中心に、リズムの繰り返しが心地よいものや、機転やユーモアに満ちたもの、言葉の美しいものなど、今後の人生のおみやげとなるようなお話をしてあげましょう。といつも呼びかけています。


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鶴見俊輔さんはその著書 『神話的時間』 の中で、幼児期くらいまでの子どもの世界の時間の流れ方を、文字どおり<神話的時間>と称していて、大人になってからの時間のあり方と異なり、人類が辿った人間の精神の発展史と同じで、その初期の太古の人間が生きていた頃の時間が子どもには流れているというのです。(私の分野でもあるルドルフ・シュタイナーの教育観でも同じことが言われているのは興味深いです)。


<民話の会>、先日のゲストスピーカーの津田櫓冬さん(絵本画家)は、私の児童文学の指南役でもあり、同じ調布の住人ですが、彼はいつも口ぐせのように

「現代の子どもは、与えられるものが過剰で、掴み取るものが過少」

と唱えていらして、私も同感です。


子どもが生粋の子どもである子ども時代を、大人として守ってあげながらも、その子どもが大人になるときの魂の栄養としてのお話をたっぷりしてあげる。そこから子ども自身が生きる力を掴み取るようなお話。



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私自身、齢50も超えますと、人生折り返し。自分のルーツ、幼少期に自分の感覚に染み付いた様々な思い出や、身体が憶えていることが愛おしく、そのさまざまな感覚が自然に蘇ります。

そして日々、子ども園の子どもたちを見ていると、子ども時代を豊かにしてくれるのが自然に根ざした原体験と身近な民話や昔話だという考えは、ますます確かになってきました。まさに太くて古い、神話的な時間。このような悠久の彼方からのような時間は民話や神話からしか味わえません。




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イギリスのあるシュタイナー幼稚園で唄われているお話の歌を紹介します。


Motherearth the fairy-tale,
take me in your silver boat,
tell me so your fairy-tale,
take me to your golden land.  



大地の母さん=おとぎ話
銀色の舟で連れて行って
そしておとぎ話をきかせて
あなたの黄金の国へ行きたいの




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●上掲挿絵 : グリム童話 『 ホレおばさん 』 の中の色々なイメージ








山本ひさのプロフィール: ぎんのいずみ子ども園代表。
1998年渡英。イギリスにてシュタイナー幼児教育者養成コース、未就園児親子クラス指導者のためのコースで学ぶ。帰国後、2000年にぎんのいずみ子ども園を開園。健全な子育ちを促進する暮らし方、大人の生き方の実践を通して、生命力に溢れた創造的未来を模索している。手作りおもちゃ、ガーデニング、うたなど、親子ともに生活に潤いが持てるライフスタイルを提案しエッセイなども書く。日本シュタイナー幼児教育協会運営委員を2009年まで9年間歴任。





追記:
クレヨン・ハウス発行の
月間 『 クーヨン 』 8月号 - <もうこわくない子どものイヤイヤ>特集の取材を受けて、5~6歳の子どもの見方の部分を答えました。チャンスがありましたら、ご覧になってみてください。

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by silverfountain | 2011-08-25 10:46 | 精神・心への栄養

世界中のみんなの心を豊かにするために、私は歌いたい!

歌は思い、思いは祈り、祈りは歌、歌は祈り・・・


との思いで歌っているのです。自己満足かもしれないけど、涙が出るときさえあります。
日本のわらべうたでも、シュタイナー幼稚園の5度のうたでも、大人のコーラスのカノンでも、ユーラシア・コーラス部のロシア語の歌でも、そして故郷の佐渡おけさでも、何でも大地と天を結びつけるような歌が好きです。

CD でも出したり、ライブハウスとかで歌おうかな(笑)


どうしてこんなに好きになったのかなあ?とたどると、
12年前、イギリスでシュタイナー系の歌のワークショップに出たのがきっかけです。

そして、この歌に出会いました☆



Can you fly like an eagle ?
Flying in the sky
The sky .......
We will fly in the sky

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Are you silent like a salmon ?
Swimming in the sea
The sea .......
We will swim in the sea





Can you light like a firefly ?
Lighting in the night
The night .......
We will light in the night

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Are you brave like a bison ?
Walking on the earth
The earth .......
We will walk on the earth




上記の歌は、一昨年のストラウドでのワークショップでも出てきて、「きゃあ、懐かしい!」

ネイティブ・アメリカンの教えをベースにしているみたいで、何もないけど豊かな悠久の大地のイメージが広がります。

このシンプルな詩の中に 地・水・火・風 の要素が全てあり、意志に満ちているので心地よいのでしょうか?
メロディもとてもきれいなのですが、ここでお聞かせできないのが残念です。




♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


25日9時から NHK BS プレミアムで 『アメージングボイス - ブルガリア編』があります。
(衣装も素敵そうですよー ♪ )

ブルガリアンボイスは、芸能山城組がマスターして、日本でも80年代にATG映画のバックに流れるなどして、展開しました(一部で)。
なんでしょう?似ているのです。佐渡おけさとか、日本の民謡のこぶしと・・・。

そして、一昨年、イギリスで出たうたのワークショップに、実際にブルガリアン・ボイスで歌っているという、歌姫=サンカと、一緒でした。西ヨーロッパより東からは、彼女と、イスラエル人のナーマと、日本からの私だったので、なんとなくオリエンタル3人組のような感じで、イギリス人などはめずらしかったようです。

一週間のワークショップの最後の夜に、ソーシャルイブニングがあり、そこで、各自一芸披露です。
私は、園で歌っているわらべうたと、好きな子守唄と、最後に ♪ 佐渡おけさを歌いました。

イスラエルのナーマは、ユダヤ人。神秘的目をした美人(当時、エマーソンに住んでました)。彼女はイスラエルの結婚式の歌を歌いました。

そして、サンカは独特のこぶしまわしの綺麗なブルガリアの民謡を2曲くらい歌いました。
やっぱり、日本の民謡とどこか似ていました。聴くと懐かしい気がするのです。

驚いたのが、サンカも私の ♪ 佐渡おけさを聴いてそう思ったのか、終わったあと、私のところへ寄ってきて、録音テープを突き出して、マイクに向けて歌ってくれとのことだったので、歌いました。3コーラス(笑)。

みんなの前で歌ったときよりも、緊張せずに歌えました。あとで、歌詞もアルファベットで書いてくれ、と来たので書きましたので、もしかしたら彼女はテープとその歌詞をもとにどこかで ♪ 佐渡おけさ を歌っているかもしれません。

是非聴いてみたいな、そんな佐渡おけさ・・・♪


一枚ブルガリアンボイスの CD を、その イギリス TONALIS のワークショップのときに買って持っています。
その中から、とっても美しい3曲を、園のコーラス部でも歌いたいと思って先生に相談しています。(まだ今年は無理ですが・・・)




♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 

NHK BS 『アメージング・ボイス』 番組紹介画像
http://www.nhk.or.jp/amazing/onair/05thm01.html

♪ブルガリア 
8月25日(木) 夜9:00

♪トルコ
9月1日(木) 夜9:00
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by silverfountain | 2011-08-19 16:57 | 精神・心への栄養

《 詩の蜜酒 》

神話伝説

北欧神話には、詩人にすばらしい詩の才能を授ける不思議な「詩の蜜酒」が登場する。賢いクヴァシルが殺され、搾り取られた彼の血が蜂蜜と混ぜられ、醸されて出来上がった。巨人が隠匿していたところ、オーディンが策略を駆使して蜜酒をまんまと盗み出し、神々の国へ運び出して、詩人に分け与えるようになったという。
現実でもブドウの栽培が難しい北欧諸国では、ワインではなく蜂蜜酒がよく飲まれている。(Wikipedia)


・・・・・・・
ちょっと長いのですが再話を見つけたので抜き書きを開始しました。面白いので大人の読書のお楽しみに・・・


d0231842_8304811.jpg『北欧神話』
K・クロスリイーホランド
山室静・米原まり子訳   青土社
【六、 詩の蜜酒】

アース神族とヴァン神族が戦いをやめて、永遠の平和のための条件を決めた時、間が未と女神たちは全員、一人ずつ大きな壷の中へつばきを吐き込みました。これは彼らの友情のあかしでした。誰もそのことを一瞬たりとも忘れないようにと、アース神は心から願っていましたので、壷を得ると、彼らはそのつばきから一人の人間をこしらえました。

彼の名前はクヴァシルといいます。彼は火と氷が最初にギンヌンガガップで出会った時以来の、九つの世界のすべての事柄と神秘にのめりこんでいました。彼は何でもよく知っていましたから、どんな神も人も巨人も小人も、彼に質問をしたり意見を求めたりしても、後悔するようなことは決してありませんでした。そしてクヴァシルがどこへ出かけたとしても、彼が来るという知らせはそれより前に届いていました。どこか遠くの農場や小村に到着しても、みんな裁縫や塩づけや草刈りや剣術をするのをやめました。子供たちでさえ騒ぐのをやめて、彼の言葉に耳を傾けたのです。

彼の秘密とは何だったのでしょう?それは彼の豊かな知識にあると同様、彼のやり方にもありました。事実についての質問には、彼は簡単な事実で答えました。でもクヴァシルに意見を求めるということは――どう言えばいいでしょうね?どう思います?どうすればいいのでしょう?

――つまり、いつも直接的な答えを得るということを意味してはいないのです。

彼はゆったりとした衣服を着てくつろぎ、しばしば瞳は閉じられていました。そして困ったことや悲しみごとについての詳しい説明を、もの柔らかで、まじめな、無表情の顔をしてよく聞きとりました。すべてがわかると、彼はそれをもっと大きなわく組みの中へ置いてみせました。彼は決して押しつけたり、強要したりはしません。むしろ暗示するのでした。しばしば質問に対しては、ほかの質問で答えれば十分だったのです。

それでも神々と人間と巨人と小人は、自分たちの質問に答えるために彼は助けてくれたのだと、そう感じさせられたものです。


クヴァシルの知恵についてのうわさは、たちまち、最も不愉快な兄弟である小人のフィアラルとガラールの耳に届きました。彼らの興味はやがてねたみに、ねたみはエネルギーに変わりました。なぜなら彼らは、自分自身でそれをほしいと思うことなしには、どんな物でもほめることはできなかったからです。

二人はクヴァシルを宴会に招きました。それは地下の彼らのほら穴で行なわれ、彼らとたくさんの小人が集まるものでした。いつものようにクヴァシルは承諾しました。テーブルは、でこぼこした岩の長い石板。床は細かい砂。壁かけは、垂れさがっている鍾乳石でした。話の内容はおもに、損と得、それにけちな復讐についてでした。とはいえ、食べ物と、全部ハンマーで鍛えられた黄金で作られた食器類は、かなり好ましいものでした。

宴会のあとで、フィアラルとガラールは、クヴァシルに内密な話をしたいと頼みました。クヴァシルは二人について薄暗い部屋に入りましたが、それが間違いだったのです。二人の小人は袖の中に隠していたナイフを出すと、ただちに賢い人の胸に突き刺したのでした。彼の血は身体からほとばしり出ました。フィアラルとガラールは、その血をすべて、二つの大きな壷のソンとボドン、またオードレリルという大釜に受けました。クヴァシルの心臓の鼓動は止まり、血の気の引いた蒼白な身体は、大地の上にじっと横たわっていました。

しばらくして、アース神がクヴァシルの安否を尋ねるために使者をよこした時、二人の小人は、こういう答えを返したのです。あの人は不幸にも、彼自身の知識で窒息してしまったのです。なぜなら、九つの世界には、彼に並んで匹敵することができるほど博識な者は、誰ひとりいなかったからです、と。

でもフィアラルとガラールは、自分らがやったことを大いに喜んでいたのです。クヴァシルのでいっぱいになった壷と大釜の中に、彼らは蜂蜜をつぎこんで、ひしゃくでかき混ぜました。すると血と蜂蜜はすばらしい蜜酒となり、それを飲んだ人は誰でも詩人か賢者になるのでした。小人たちは、蜜酒を自分たちだけのものとして秘密にしておきましたので、ほかの誰も味わうことはありませんでしたし、うわさを聞くことをさえしなかったのです。



・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

ある日、小人の兄弟は、巨人のギリングとその奥さんという、ぞっとするようなお客をもてなしていました。ほどなく彼らは口げんかを始めて、フィアラルとガラールはますます悪意に満ち、憎悪であふれてきました。彼らはギリングに提案しました。海辺のそよ風を楽しんではどうですか、と。そして、それぞれでオールを持って、ミッドガルドを囲む海のはるか遠くまで漕ぎ出したのでした。そこで小人たちは、半分水中に隠れているぬるぬるした岩に、船をぶつけたのです。ギリングは驚いて、船べりにしっかりとつかまりました。彼の驚きは、もっともなものでした。船は浸水して、ひっくり返ってしまったのですから。ギリングは泳ぐことができませんでした。だから、それがギリングの最後だったのです!二人の小人はごきげんで船を立て直し、歌いながら家へ漕ぎ帰りました。

フィアラルとガラールは、ギリングの奥さんに何がおこったのかを説明しました。
「事故だったんです」とフィアラルが言いました。
「もしあの人が泳げさえしたらねえ」とガラールは悲しそうに言いました。

ギリングの奥さんは、ほら穴に坐りこんで泣いて泣いて泣きました。二人の小人は、彼らの足首のまわりをぬらしている、なまぬるい涙の感触が気に入りませんでした。フィアラルは彼の兄弟にささやきました。
「いい考えがある。石臼を見つけろよ。そして、ほら穴の入り口の上のあたりで待っていてくれよ」

ガラールは立ちあがって外へ出て行きました。するとフィアラルは客を接待している者らしく、彼女のためにわきへ寄りました。そうやって女巨人が日の光の中へ歩み出した時、ガラールが彼女の頭上に石臼をころがり落としたのでした。

「あの女が泣き叫ぶのには、まったくうんざりしていたんだ」とフィアラルは言いました。


ギリングとその妻がヨーツンヘイムに戻って来なかったので、息子のスッツングが彼らを捜しに出かけました。彼は小人たちの陰気な顔を見つめながら、その長ったらしい話を聴いていました。それから、二人のえり首をぐっとつかまえたのです。

両手に二人ずつ持って二人をぶら下げながら、スッツングは腹立たしげに、彼自身にさえ深すぎるほどのところまで、一マイルも海の中へ進んでいきました。そこで彼は、フィアラルとがラールを岩礁の上に降ろしたのです―――ちょうどそのとき水の上に出ていたずぶぬれの岩の上に。「おまえたちが泳ぎ戻るには、あまりに遠すぎるな」と彼は言いました。「あまりに遠すぎる。そこで、潮が満ちてきた時は・・・・・」

フィアラルはガラールを見ましたが、兄弟は二人とも顔をしかめました。
「提案があるのですがね」フィアラルが言いました。
「こうなったからには、あなたにわたしたちの最も大切な宝物を喜んでさしあげましょう」と、ガラールが言いました。

それからフィアラルは、彼らの蜜酒について、その起源とききめの両方を、言葉を尽くして話してきかせたのでした。

「わたしたちの命を助けてください。そうすればそれをあなたにさしあげます」と、ガラールが言いました。「合点だ」とスッツングは言いました。

そこで、スッツングは二人の小人をほら穴へ戻してやったのです。えり好みができないのははっきりしていましたから、彼らはクヴァシルのでこしらえた霊酒を譲り渡しました。巨人はソンを一方の手に、ボドンをもう一方の手に、オードレリルはわきの下にかかえて、ヨーツンヘイムに帰って行きました。彼はまっすぐに彼の住むフニット山に、その貴重な液体を運びました。そして山の中心部に岩を削って新しい部屋を作るとそこに三つのかめを隠したのです。スッツングは彼の娘グンレズに、一つの仕事を命じたのでした。

「昼間は蜜酒の見張りをしろ。夜もその見張りをするんだ」






つづく (残りあと5分の3)





*******

《 詩の蜜酒 》 とは別に 《 はちみつ酒 》 という項目もあります。

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*ポーランドには ミュート・ピトニィ という蜂蜜酒があるそうです。

http://ja.wikipedia.org
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by silverfountain | 2011-08-17 12:52 | 精神・心への栄養

シュタイナーとアリストテレス

とにかく家がサウナのように暑いので、ここのところ、図書館に行って涼んでいます。

先日、園の父母の一人から、「シュタイナーは、自分のことをアリストテレスの生まれ変わりだというようなことを言っていたみたいですよ」と教えてもらったので、なんとなく、アリストテレスのことが頭に残っていて、思想・哲学系の書架にあった学術書を手にとり、中味を読むのは大変そうだから裏表紙の解説だけメモしてきました。(笑)

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           ラファエロ『アテナイの学童』より(左がプラトン、右がアリストテレス)



人と思想 『 アリストテレス 』  堀田彰 著 (清水書院)

学問は驚きから出発する。ごく身近の不思議な事象からはるかに大きな日月星辰の諸相や宇宙の生成にいたるまで、すべての事象は人間に驚きの念を起こさせる。この驚きの念は無知を自覚させるに通じ、ひいて、人間は無知を脱却するために知恵を愛求し始める。

まことに 「すべての人間は、生まれつき、知ることを欲する」 のである。

アリストテレスの生涯を貫くものは、この不屈の愛智の精神であった。かれは、あらゆる領域で現象を説明する原理を探究し、進んでそれを統一する観念を確立した。

「現象は脈絡のない事件の生起ではない。万物は、その機能を通じて、永遠に活動する神的理性によって支配されている。世界はこういう生きた善美なる全体である」

と。

この一つの理性、あるいは法則が支配するという観念、これこそ三千年の歳月を経てもなお、われわれに語りかけてくるギリシャ的精神の真髄なのである。


                                  堀田 彰 (東京教育大学助教授)




* * * 蛇足ですが * * * *

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                    アリストテレスとフィリス


色々と資料を当たっていたら、上のような画像が見つかって、調べたら、アリストテレスは、マケドニアのアレキサンダー大王がまだ王子の頃、家庭教師を頼まれて 
弁論術、文学、科学、医学、そして哲学 などを教えていたそうなのです。

ところが、宮女のフィリスといい仲で、彼女のことばかり考えて勉強に身が入らないアレキサンダーに、アリストテレスは厳しく、「女のことなど考えるな」と禁じたので、アレキサンダーがフィリスと謀って、フィリスがアリストテレスに色じかけで迫り、上図のような顛末になったとか・・・?(でも、↓ の記事によると、それは作り話だそうです)


http://icehair.net/2010/05/ 
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by silverfountain | 2011-08-17 05:00 | 精神・心への栄養

エストニアの作曲家 Veljo Tormis



何でしょう!
色々とYouTube 上にあるので、どれがいいのか聴きまくりましたが、これに惹きつけられました ♪中心の歌姫の声の透明な美しさが大きいのかもしれませんが、とにかくひとつの響きにもうひとつの響きが重なる毎に涙がにじんで来てしまった ♪♪♪ 感動 ♪♪♪ 


女性たちが被っている冠もすてき*


*******************

↓ YouTube:
lauliku lapsepõli_veljo tormis (fragment) by bartolome ertzilla

上掲の動画の別ヴァージョン。
(自動翻訳では lauliku lapsepõli は、「歌手の子ども時代」か「子どもの歌手」という意味のようです)
ロケは日本の森なのか?
声の美しさと森のウェット感ががまた違った意味の透明感で際立つ*


↓ YouTube:
Veljo Tormis (1930): Laulud pulmades õpitud (曲は結婚式で学んだ)
Video footage from the 2004 Estonian Song and Dance Celebration

こんなにもたくさんの人たちの祭典で、みんながひとつになって一つの音を探して出そうとしている!!それがちゃんと昇華して、天上的な響きとなっている☆ 
またも思わず知らず涙が。。。

(自分でも下手なコーラスグループに入っていて、なかなか天上的な瞬間には出会えないでいるからなおさら...。
一昨年の夏のイギリスでの歌のワークショップでこれに似た感動は味わいましたが・・・)


指揮の女性いいですね ♪ = もおもお「歌を愛してる!」っていうエネルギーが満ちている!

最後にトルミス本人も出てきてハグ。これまた感動!!


↓ YouTube:
Veljo Tormis - Käsikivimäng(ハードハンドゲーム). Mitte-Riinimanda

素人チックだけど、練習なのだろうか?
でもそれがかえって、庶民的 ♪





****************
Wikipedia より 

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ヴェリヨ・トルミス
(Veljo Tormis, 1930年8月7日 - )はエストニアの作曲家。ヴェリョ・トルミス、ヴェルヨ・トルミスの表記も用いられる。存命中では最も偉大な合唱作曲家の一人に、また20世紀のエストニアで最も重要な作曲家の一人に数えられている。国際的には、厖大な数の合唱曲によって知名度が高く、そのほとんどは無伴奏合唱曲であり、その大半が、歌詞・旋律・様式いずれにおいても伝統的な古いエストニア民謡に依拠している。




d0231842_11475665.jpg同じエストニア人作曲家アルヴォ・ペルト、75歳(向かって左端)と。本人は御歳、80歳☆(向かって右端)







ストックホルムかどこかで上記両作曲家のコンサートがあったようです。2010.8.30.
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* * *

トルミスのCD 『 Fogotten Peoples 』

d0231842_11491672.jpgこのお婆ちゃんもいいなあ ♪
行きたいなあ、エストニア。。。
なぜだかしらねど、東欧・ロシア好き☆
政治はがたがたで、戦争もあるけど
そこで生きている人々(農民?)は逞しい ♪










* * お * * ま * * け * *

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忘れられた人々






前にブルガリアン・ヴォイスやグルジアン・ヴォイスも好きだったけど、エストニアはまたちょっと違う趣き…

こうやって素敵な祭典をやったり、民族文化を継承しようとしているのもいいなあ。
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by silverfountain | 2011-08-16 11:44 | 精神・心への栄養

産業遺産  イタリア - クレスピ・ダッダ Crespi d'Adda  

先日BS で 世界遺産の中の産業遺産のことをやっている番組を見ました。

初めてきく名前の村で、村全体が遺産として維持管理されているようです。

8月11日(BSプレミアム)

世界遺産 - クレスピ・ダッダ (1878年)

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現在 居住者400人(約100世帯)

経営者クリストフォロ・クレスピが建造した織物(綿花)工業の村。
“クレスピ村”という意味。
労働者の理想郷として稼動し、栄えるが、ムッソリーニの台頭により50年で潰える。


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労働者の健康を気遣い、4.2mの、当時としては考えられないほど高い天井で、空気の循環を考えている。
間取りはどの家も、リビングルームのある3LDK。

当時、最新の建築工学に基づく。

無料で貸し出された。


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労働者は労働時間8時間で、帰宅すると、各戸に併設された畑で家庭菜園やガーデニングにいそしむ。

畑仕事の士気を鼓舞するためにガーデニング・コンテストも行なわれ、若い入居者には、料理学校も開かれ、健康によい料理をいかに美味しく効率よく料理するかを学んだ。
無駄遣いしないようにレシピ帳を作ることも教えられた。



労働者でオーケストラを結成し、音楽も楽しんだ。400人収容できる劇場もあった。

綿を洗うお湯を利用した湯沸し場と温水プールがあり、湯沸し場では洗濯、子どもたちは温水プールを楽しんだ。


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公・共・私 というものが right size (適正規模)で備わった、まさに理想郷。

息子シルビオ・クレスピは、自ら工場で働き、「労働者の健康と安全」というマニュアルを作り、労働者を保護した。

その後、国の大臣となり、国の政策にも関わり、

「サービス残業の廃止」
「女性の労働時間の短縮」
「少年労働の禁止」


などの法律制定に至った。



ところが、その後ファシズムが台頭し、このクレスピの理念が国に広がることを恐れたムッソリーニは村を全部買い取り、むなしくも村は国のものとなった。

売り渡しのとき、シルビオが唯一出した条件は、「労働者を解雇しないでそのまま働かせてほしい」というものだった。

亡くなる2分前まで「労働者たちは大丈夫か」と聞いていたそうだ。




・・・・・・・・・・

さすが、スローライフ、アグリツーリズモの発祥の国、イタリアです。

感動しました。

現在は工場は稼動していないとのことでした(一部ジーンズ工場として稼動との記事も2003年にあり)が、一度村を出た労働者たちの子孫や、遺産として保存に協力したい人たちが村に戻り、100世帯ほどが家を借りて住んでいる。

番組で映像に出てきた、家族の息子(20代)は、

「足りないものはなにもない」
「自慢できる村です」
「こんな村が世界にもっとあればいいのに」

と語っていて印象的でした。


当時は、産業革命が始まって、イギリスでは、羊毛から加工のしやすい綿花に移行し、紡績機械も綿花用に改造されたようです。イタリアでもその機械を導入。

クレスピ親子は、労働者が不足し、劣悪な労働条件で使い捨てのように働かされる労働者を、人道的に見ていられなかったのもあるでしょうし、一方では、そうやって労働者を保護・教育することこそ、産業の維持・発展につながるという先見もあったのだと考えます。



まさに私も目指しているコミュニティのあり方。労働のあり方!

宮沢賢治の羅洲地人協会を思い出します。
『農民芸術概論綱要』を思い出します。






・・・・・・・・・・

●下記のサイトから写真はお借りしました

「イタリア建築通信」    26 April 2003    
【労働者のユートピア / クレスピ・ダッダ  Crespi d'Adda】
http://www010.upp.so-net.ne.jp/architurismo/architurismo/citta/crespi.htm



●私は見ていないのですが、日本のアニメ、「ペリーヌ物語」で、
お爺さんがペリーヌとともに理想郷を作ろうとするのはクレスピ・ダッダがモデルではないか?
という記事もどこかで読みました。



●世界遺産検定でも取り上げられていました。
(ラジオ取材っぽい、遺産の内容に見合わないちょっとお品のない雰囲気もありますので悪しからず)
http://www.youtube.com/watch?v=7K0wvNiganU 
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by silverfountain | 2011-08-16 07:19 | 精神・心への栄養

チェーホフのように強くなりたいっ!!!

昨年のジョン・キーツに続き、今年はアントン・チェーホフに恋をしています☆

バリの旅先で読んだ NHKテレビロシア語講座テキスト2004年4月号より・・・・・

どこも切り離せない文章なのですが、長すぎるので抜粋抜き書きです。




***

『チェーホフをめぐる旅』 モスクワ(1)   児島宏子



d0231842_18512396.jpgアントン(チェーホフ)の祖父エゴールは農奴だった。農奴は、所有者の間で売買もされた。

エゴールは金をためて一家5人(結果として6人全員)の自由を買い取った。

そのためには、どれほどの勤勉さ、忍耐強さ、賢明さが必要だっただろうか!農奴が置かれた状況を知れば知るほど、自由を求める祖父の強靭な意志には驚かされる。

もちろん、幸運もあっただろう。彼が仕えた貴族地主チェルトコーフの父親はトルストイ主義者になり、彼の娘の身代金不足を「おまけだ」と言って免除したという。

文学から強い影響を受けた時代が始まっていたのだろう。



エゴールは一家の独立、つまり自分の足で立つことを、強力に方向付けた。
読み書きを教え込ませ、三人の息子を裕福な商家に徒弟に出し、チェーホフ家が豊かになることを必死で夢見た。

チェーホフは祖父を 《 信念の上で凶暴な農奴 》 だと言っている。大変深い表現だと思う。その三男を父に持つチェーホフ。自分が受けた辛酸と暴力の記憶が人格に浸み込み、引き継がれることがある。人格といっても複雑、広大でその記憶だけが占めているわけではないが、無自覚の復讐のように受けたものを身内や他人に繰り返すことがしばしば起こる。チェーホフの父も、愛情ゆえとはいえ、その方法は凶暴だった。ことに妻に対しては子供たちに対する以上に暴君だった。


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チェーホフは、あちこちでいつまでもそのことに心を痛め、悲しみ、血を吐くような思いで語っている。そこからの脱出を、闘いを語っている。自分の肉体、血液から“奴隷根性”をたたき出すこと、同じ凶暴さを、人の上に決して立たないことを、非人間性を繰り返さないことを厳しく自己に課し、実現し、それを首尾一貫させた人間。




領主や役人に殴られたエゴールはパーヴェルを殴り、パーヴェルはアントンを殴ったが、アントンは誰をも殴らなかった。それどころか、絶えず多くの人々のことを考えていた。タガンロークの学校や図書館に書籍を送り、メリホヴァには学校を作り、貧しい病人を無料で診察し、助けを求める人々に手を差し伸べた。ロシアの人々を啓蒙することに、どれほど心を砕いたことか!






チェーホフの作品には、その人間性が表裏一体となってにじみ出ている。
それを知れば知るほど、外からは全く見えないチェーホフの言行一致を実現しようとする強固な意志、自分に対する過酷なまでの厳格さなどに、心を揺さぶられる。

自己の内に潜む嫌悪すべきもの、疎ましいものを自覚して、それを追い出すことは簡単ではない。多くの人々が自己正当化し、身内に、他人に、社会に、環境に罪を転嫁させようとする。それも正当な部分もあるだろう。それがひとつの自己保守であり、必要な時期もあるだろう。だが、“そこから脱出する”旅を続け、自己変革を遂げないなら、そのように生きないなら、この人生にどんな意味があるのだろうか。



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どのような人も例外なく、あらゆる時代に、この宇宙で多分、たった一個の存在なのだ。
その、たったひとつの存在が、社会や家庭や、周辺の気分を形成していく。状況を決定していく。

その自分をより正しく、美しい内面を持つものにしていくのは義務ではなく、権利ではないか。これこそ自分でしかできない創造分野・・・ 誰にでもできるクリエイティブな人生を築く生活・・・
 


チェーホフは作品によって何かを教えようとはしなかった。説教しようなんて考えてもみなかった。

そんなことは大嫌いだった・・・ 私もお説教のつもりはまったくなく、ただ自分に言い聞かせているだけ・・・
私にとってチェーホフとの出会いは、そのような人生の旅、自分の人間性を見つめる鏡、他人を思いやる心のゆとりを得るみなもとである。



チェーホフの登場人物たちと出会って、くすっと笑っているときは、自分の気恥ずかしい片鱗を見出したときで、時に泣いている場合だってある・・・






チェーホフは母親にはとても遠慮というか、気遣っていたと伝えられる。
いまなら、‘えーっ、マザコンなんだ’、と軽くあしらわれるかもしれない。

確かに横暴な父に怒鳴られ、痛めつけられていた母に対する哀れみの気持ちは兄弟のなかで最も鋭く感じていたようだ。同じ家庭環境の中にいながら、兄弟というのは、家庭の事情をそれぞれ異なって受け取り、後年になって現れる。その痕跡もひどく違ってくるものだ。

チェーホフの場合でなくとも、そのような現象に驚かされ、とても不思議に思う。

アントンの場合は、兄のアレクサンドルやニコライと違って家庭内現象を“わが家”のことだけにしなかった。“わが母”だけのことにしなかった。




その窓から外を眺め、共通項を見出し、普遍化していった。兄アレクサンドルが父パーヴェルのように家庭の専制君主であることを知ったチェーホフは兄を叱咤激励し、冷静に過去と自分をみつめることを促すような手紙を書いている。

《専制主義と虚偽が母さんの青春を台なしにしたことを、僕は兄さんに思い出してもらいたい。専制主義と虚偽は僕らの少年時代を、思い出すのも恐ろしいほどゆがめた・・・。》 (『 チェーホフの生活 』 池田健太郎) 中央公論社刊 チェーホフ全集16巻より                

                                 こじま ひろこ  ロシア語翻訳家
   





*******

友人宅の本棚に眠っていた古~いNHKロシア語講座のテキストに大好きな児島宏子さんの文章が載っていて、思わぬ拾い物!!(しかもバリ島で・・・笑)

私も自分自身に言い聞かせたいのです。特に青字の部分は私の信条とも重なり、力が湧きます。


児島さんの訳したチェーホフの本 (未知谷 刊)

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カシタンカ(栗という意味)で、上記写真のうちの一匹。おバカちゃんな犬。













d0231842_18592750.jpgこの挿絵にも惚れてます ♪



















d0231842_18595659.jpgこれは生誕150年で翻訳・出版されたごく最近の短編集。
翻訳者は沼野充義さん(集英社 刊)











d0231842_1984789.jpg四大戯曲
『桜の園』 『かもめ』
『三人姉妹』 『ワーニャ叔父』が有名ですが、
特に短編集がおすすめ。
一市民の生活が色濃く描かれて、ロシアの風土に根ざしたメンタリティ=トスカ(英語で言うところのPathosペーソス)が何ともたまらないのです☆














** お ** ま ** け **


「人間には他者に対する義務のみでなく、自分の中に宿る精神にも義務がある」 
                                          トルストイ



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トルストイと一緒のチェーホフ
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by silverfountain | 2011-08-10 19:18 | 精神・心への栄養

ハリール・ジブラーン 『火の文字』 ~ ジョン・キーツへの返歌

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ハリール・ジブラーン(Wikipedia より)



火の文字
 
ハリール・ジブラーン   神谷美恵子  (角川文庫)    

             「ここに眠るはその名を水で記されたる者なり」  ジョン・キーツ

それならば夜々はわれらの傍らを素通りし、
運命はわれらを踏みにじるにすぎないのか。
われらは年月にのみこまれ、すべて忘れ去られ、
インクでなく水で記された名のみ頁に残るのか。
この生命はかき消され、この愛は消えうせ、
これらの希望(のぞみ)はうすれ行くというのか。

われらが建てたるものを死がうちこわし、
われらのことばも風で吹き散らし、
われらの営為(いとなみ)も闇がかくしてしまうのか。

では人生とはこうしたものなのか。
跡をとどめぬ過去、
過去を追う現在?
あるいは現在と過去を除いては意味なき未来?

われらの心にあるすべてのよろこびと
われらの精神を悲しませるものすべての結実(み)は
われらの知る前に姿を消してしまうのか。

人間とは大海(おおうみ)によどむうたかた。
一瞬水の面に浮かび
過ぎゆくそよ風にとらえられてしまうものか。
― そしてはや存在せぬものとなるのか。

否、まことに、人生の真実は人生そのもの。
生命の誕生は母胎に始まらず
その終りも死にあるのではない。
年々歳々、すべて永遠の中の一瞬ではないか。

この世の生とその中のあらゆるものは
われらが死とよび、恐怖と名づける覚醒(めざめ)の
かたわらでの夢にすぎないのだ。
夢、そう。でもそこでわれらが見るもの
為すものは、すべて神とともにつづいて行く。
われらの心から生まれる微笑みと嘆息(ためいき)とを
大気はことごとくたずさえ行き、
愛の泉から湧き出るくちづけのすべてを
たくわえつづけるのだ。

かの世においてわれらは
自分の心の鼓動を見るだろう。
神のようなわれらの立場の意味を知るだろう。
今は絶望がわれらの後につきまとうので
そのことをありえぬものと考えているにすぎない。

今日われらに弱点とみえるあやまちも
明日には人生の一環と見えるだろう。
報いなきわれらの苦悩や労役も
われらとともにあってわれらの栄光を語るだろう。
われらの耐え忍ぶ艱難(かんなん)も
われらの栄誉の冠となるだろう。

かの愛(めぐ)しき詩人キーツの歌は
人びとの心に美への愛を植えつづけている。
彼がそれを知っていたならば、言ったことだろう。

「私の墓の上に書け。ここに眠るは天の面に火の文字でその名
を記したる者なり」


と。


― 「涙と微笑」より



※これも重訳で、四行ほど省略したものです。友人にあてた手紙によると、この本にあるかきものはみな、20歳ごろ書かれたとのことです。英語への訳の出版は1950年、つまり彼の没後19年になります。ごらんの通り冒頭に英詩人キーツ(1795‐1821)の墓碑銘として刻まれている文句をかかげています。このことばは、25歳で逝った天才詩人キーツが自ら選んだものであることを、英文学者藤井治彦氏から教えて頂きました。

 ジブラーンはキーツの墓碑銘に対して、ここで反駁(はんばく)しています。各々の人間の、この世での営みは決して無意味ではない。少なくとも、あとからくる人たちの生を励まし、ゆたかにしているではないか。美の詩人キーツの業績が、何よりもよくそれを証明しているではないか、と言っています。しかし、この人生肯定の背後にある宗教的なものを、見のがしてはならないでしょう。それでなければ、これは単なる浅い人間中心主義に陥ってしまいます。人間存在の意義のすべてを否定してしまわないためには、どれほど強く深い基盤が必要なのかを、あらためて思います。(神谷美恵子 解説より)

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by silverfountain | 2011-07-29 13:41 | 精神・心への栄養