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ギリシャ神話 ファエトーンのおはなし

だいぶ前に、山岸涼子さんの漫画『パエトーン』のサイトをアップしましたが、図書館でみつけた本にその原話がありました。


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『星と星座の伝説 夏』 瀬川昌男 小峰書店 より

ファエトーンと太陽の二輪車

さそり座
サソリは、あつい国のサバクなどにすむおそろしい毒虫ですが、夏の南の空でいちばん目につくのが、体をS字のかたちにくねらせた、このさそり座です。
このさそりは、りょうしオリオンをさして、天にあげられたのですが、星座となっても、こんなことをしました。



「ファエトーン、きみのお父さんはどこにいるんだい?一度も見たことがないな。」
 友だちにきかれて、ファエトーンは、まぶしそうに目をほそめながら、太陽をゆびさしました。そして、こうこたえたのです。
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 「ほら、あそこだよ。毎日、空で太陽の二輪車をそうじゅうしていらっしゃるんだ。あれがぼくのお父さんさ。」
 でも、このこたえをきくと、友だちは、あきれたような顔をしました。

 「なんだって?じゃ、きみのお父さんは、日の神アポローンさまだっていうのかい?うそつけ!でたらめいうなよ。」
 「でたらめなもんか。ほんとうだよ。ぼくのお父さんはアポローンさまさ。お母さんから、ちゃんときいたんだから!」
 ファエトーンは、むきになっていいはりましたが、友だちはしんじてくれません。それどころか、ファエトーンも、ファエトーンのお母さんも、とんだうそつきだというのです。
 
 ファエトーンは、くやしくてたまらず、うちへとんで帰ると、お母さんにききました。
 「ねえ、お母さん!ぼくのお父さんは、アポローンさまだよね。うそじゃないよね!?」
 すると、お母さんのクリメネーは、もちろんそれはほんとうのことだとこたえてから、もしも気になるなら、自分でお父さんにあってたしかめてくるといい、といいました。

 そこでファエトーンは、さっそく、お父さんがおすまいになっている太陽の宮殿へ、いってみることにしました。
 太陽の宮殿は、はるか東の方の、日の出の国にあります。
 ファエトーンは、東へ東へと旅をして、とうとう太陽の宮殿の近くまでやってきました。

ギリシャ神話 ファエトーンのおはなし_d0231842_6261295.jpg 太陽の宮殿は、見あげるように高い柱の上です。黄金と、まっ赤なザクロ石にかざられたその宮殿は、まばゆいばかりの美しさでした。
 柱をとりまく坂道をどんどんのぼって、ようやく入り口までたどりつくと、はるかむこうに、ダイヤモンドやエメラルドをちりばめた、日の神アポローンの王座が見えました。
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 お父さんのアポローンは、その王座にこしをかけています。その両がわには、日や月や年の神や、それに時間の女神たちが、きちんと整列してたっていました。
 やさしそうな春の神や、元気いっぱいの夏の神、ブドウのふさを手にした秋の神のすがたも見えます。かみがまっ白なのは、きっと冬の神でしょう。
 でも、まんなかのアポローンのかがやきが、あまりにまぶしいので、ファエトーンは、どうしてもそばへいけません。こまっていると、アポローンのほうで、遠くからファエトーンを見つけて、声をかけてくださいました。

 「おまえは、わしのむすこのファエトーンだな?こんなところへなにしにきたのだ?」
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 ファエトーンはあわててひざまずくと、やってきたわけをいいました。するとアポローンは、頭のまわりの光をかくしてから、ファエトーンをそばによび、
 「ファエトーンよ、そのことなら心配はいらぬ。おまえはたしかにわしの子だ。が、もしほしいというのなら、しょうこをやろう。なんでもねがうがよい。わしは、めい土の川の水にかけてちかう。どんなねがいでもかなえてやるぞ。」

 これをきいてファエトーンは大よろこびです。さっそく、こういってお父さんにねだりました。じつはそれは、いつも一度でいいから、やってみたいと思っていたことなのです。
 「お父さま。じゃ、おねがいします。一日だけでいいんです。お父さまの太陽の二輪車を、ぼくにそうじゅうさせてください!」
 「なんだと?」
 アポローンは、しまったと思いました。
 「それだけはやめるがよい。あの二輪馬車は、とてもおまえの手におえるしろものではない。おまえは子どもだし、だいいち人間だ。たとえ神でも、わしよりほかには、あの車をのりこなせるものはいないのだ。」
アポローンはひっしでとめました。
 
 「だいいち、あんなものにのっても、なにがおもしろいものか。空の高いところをとおるときには、わしでさえ、おそろしくなることがある。空には、ものすごい牡牛だの、ライオンだの、サソリだの、ばけものはうようよいるし、おまけに馬はたいへんなあばれ馬ときている。
わるいことはいわない。なにかほかのものをのぞむがよい。二輪車だけはやめるのだ!」
 でも、ファエトーンはききません。
 「いやです。ぼくはどうしてもお父さまの二輪車にのりたいんです。お父さまはさっき、なんでもねがいをきいてやるって、おちかいになったじゃありませんか。神さまがうそをつくんですか?」

 こうまでいわれては、ねがいをきいてやるほかはありません。アポローンは、むすこを太陽の二輪車のところへつれていきました。

 ギリシャ神話 ファエトーンのおはなし_d0231842_635356.jpg車は金と銀でできていて、いたるところに宝石がちりばめてあります。あまりのすばらしさに、ファエトーンがだまって見とれていると、いつのまにか、あかつきの女神が、東のむらさきの戸をひらき、星たちがしだいにきえていきました。ギリシャ神話 ファエトーンのおはなし_d0231842_6352294.jpg




 東の空がだんだん明るくなってきます。月の女神さえ、もうかくれようとしているのです。
 それを見るとアポローンは、時間の女神たちにむかって命じました。
 「馬に馬具をつけよ!」
 そして、むすこの頭に特別な油をぬって、火にやかれないようにしてやると、その頭に太陽をつけてやります。

 「よいか、手づなをしっかりにぎっておるのだぞ。高くのぼりすぎても、ひくくおりすぎてもいけない。のぼりすぎれば天がやけるし、くだれば、地上が火事になってしまう。
 さあ、もう夜はいってしまった。でかけねばならぬ。が、もう一度だけ考えてみるがよい。二輪車はわしがあやつり、おまえはよこにのって見物する。そのほうがよいのではないか?」

 でも、ファエトーンは、お父さんのいうことなどきこうともせず、二輪車にとびのると、手づなをとりました。
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 つばさのある四頭の天馬は、ヒヒーンと一声いななくと、空へとびだします。
 山も森も草原も、みるみる下へ下へと遠ざかっていきました。雲をくぐりぬけ、風をおいこし、車はぐんぐん、空高くのぼっていきます。
 「すごいぞ、気持ちがいいなあ!」
 ファエトーンは思わずさけびました。
 でも、気持ちがよかったのは、はじめのうちだけでした。やがて、車がひどくゆれだしたので、ファエトーンはこわくなってきました。アポローンがのっているときとちがって、きょうは荷がかるく、それで車がゆれるのです。それに天馬たちも、きょうは乗り手がちがうことをよく知っていました。

 (ふん、こんな子どもにのりまわされてたまるもんか・・・・・・。)
とでも思ったのでしょう。いきなり、天の通り道をはずれて、直線にかけだしたから、さあたいへんです。
 「とまれ!道にもどってくれ!」
 ファエトーンはさけびましたが、馬はいうことをききません。

 「どうしよう!」
 ファエトーンはまっ青になりました。
 こんなことなら、お父さんのいうことをきけばよかったと思っても、もう手おくれです。

 夕方の国までは、まだまだ道が遠いようでした。引きかえそうにも、どうしたらいいのかわかりません。あんまりこわいので、でかけるとき、お父さんからならった手づなのとり方も、馬の名まえさえも、すっかりわすれてしまっていました。

 太陽の二輪車は、めちゃくちゃに空をつっぱしります。
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Phaethon - Odilon Redon


空は化けものだらけでした。まっ赤な目をした牡牛が、角をふりたててとびかかってくるかと思うと、大ガニがはさみをふりあげ、ライオンがウォーとほえたてます。
 
 そのライオンの口から、やっとにげだしたと思ったとき、大きなつめをひろげたサソリが、ファエトーンを見つけ、しっぽの毒ばりをたてて、ワッとばかり、とびかかってきたではありませんか。
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 「わっ、あぶない!」
 さけんだとたん、ファエトーンは、手づなをとりおとしてしまいました。
 こうなっては、もう馬をおさえるものはなにもありません。

 馬は、南へいくかと思えば北へいき、高くのぼって、星をはねとばすかと思えば、くだりすぎて、山の頂をけずりそうになります。
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Phaethon 3, struck by Zeus' thunderbolt, falls from his father's chariot. 4329: Attribué à Jean Mignon, actif entre 1535-1555: La chute de Phaéton. Musée des beaux arts, Rouen. 


地面は、太陽のはげしい熱のためにひびわれ、木や草は黄色くかれて火がつきました。その火は、しだいにもえ広がり、世界じゅうの町や村や国をやきつくしていきます。

 また地面のわれめからは、日の光がめい土にまでとどいたので、めい土の王さまは大あわてです。
 一方、太陽の火は天にまでもえうつりそうになりました。

 「ああ、大神ゼウスさま!」
 神さまたちも、どうしたらよいかわからなくなって、ゼウスによびかけました。
 「なんとかしてください。あつくてたまりません。天をささえているアトラースも、あつさにまいって、天をおとしそうです。そうなったらいったいどうなるでしょう!おたすけください!」

 ゼウスもこれをきいて、ほうってはおけません。さっそく神さまたちを全員あつめると、
 「このままでは、天も地もほろびてしまう。」
といいました。そして、高い塔の方へのぼっていくと、いきなりかみなりを、二輪車めがけて投げつけたのです。

 二輪車はこなごなにくだけ、ファエトーンは、まるで流れ星のように長い光の尾を引きながら、エリダノス川へとおちていきました。

 こうして、お父さんのいうことをきかなかったファエトーンは、命をおとし、からくも世界はすくわれたのでした。
このとき、ファエトーンをおどかした化けサソリが、いまも夏の夜空に、つめをふりあげているさそり座なのだということです。


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Wikipedia より
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                   アポロン

パエトーン(Phaëton, Phaethon, ギリシア語:Φαέθων)は、ギリシア神話の登場人物。長母音を省略してパエトン、ファエトン、フェートンとも表記される。
ガイウス・ユリウス・ヒュギーヌス『神話集』は太陽神ヘーリオスとオーケアノスの娘クリュメネーの子で、ヘーリアデスと兄弟とするが、『変身物語』はアポローンの子とする。



ほかに次のような神話がある。アポロンの息子パエトンが天をかける太陽の馬車を強引に運転したときに、このさそり座に刺されそうになり、一瞬ひるんだ。そのとたん、馬たちが制御不能になり、天と地を焼きつくしそうになったので雷神ゼウスが馬車に雷を落とし、落ちた先がエリダヌス川(エリダヌス座)であった。



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パエトンの墜落、ヨハン・リス(17世紀初め)


パエトーンは、友人のエパポス達から「ヘーリオスの子ではない」と言われたため、自分が太陽神の息子であることを証明しようと、父に願って太陽の戦車を操縦した。しかし、御すのが難しい太陽の戦車はたちまち軌道をはずれ、大地を焼いたためゼウスによって雷を打たれ、最期を迎えた。この時あまりにも地上に近づきすぎたので、火災を逃れた地域(アフリカ)の民族は肌の色が黒くなったと言われている。また、砂漠が数多く作られたため、ナイル川も砂漠の中を流れるようになった、とされる。
パエトーンの死体はエーリダノス川(ポー川)に落ち、そこから引き上げられたとされる。この川をモチーフにエリダヌス座という星座が作られている(トレミーの48星座の内の1つに入れられている)。



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7827: Dominique Lefevre 1698-1711 (active): The fall of Phaethon. Marble. Victoria and Albert Museum, London








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